
ヘルマン・ヘッセがノーベル賞作品であるガラス玉遊戯のなかで構想した
同名の芸術を実現し、実践することを目的とする方々の参考になれば幸いです。
ヘッセのガラス玉遊戯を日本で翻訳された井手賁夫先生のご案内のもと、
私もこの芸術の実現と実践へと進めたのは幸いでした。1988年のことです。
以下に、私がおこなっている芸術の分類の仕方をあげます。
感性を手段にとる芸術は音楽。
悟性を手段にとる芸術は詩。
理性を手段にとる芸術はガラス玉遊戯。
理性を手段にとる芸術では、理由の表現が自由である必要があります。
理由は、学術では現象についてあげられますが、
芸術では仮象についてあげられます。
理性は外界に直接に接していないため、
外界に対して成立した規則や作品を利用して、仮象を生みます。
2001年8月26日
ガラス玉遊戯の実体は事物の可能性です。
例えば、音楽にとっての音は音楽の実体です。
ガラス玉遊戯の実際は可能性の方法です。
例えば、音楽にとっての楽器は音楽の実際です。
ガラス玉遊戯では、
事物の可能性により理由を表現します。
2001年10月2日
ガラス玉遊戯が可能である根拠の一つは、
文化的資産に対して反省的判断が可能であること、
です。
2002年2月10日
リンク 更新2005年3月20日
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